【三浦 立の日記】#1 ニューヨーク挑戦記
人生の主役を演じる舞台
タイムズスクエア、自由の女神、ブロードウェイ、ウォール街、世界貿易センタービルディングなどなど。
誰しもが聞いたことのある場所かと思う。当方初めての渡米。
稚拙な表現にしかならないほど、漠然とニューヨークって輝いているイメージがあった。
実際、3週間が経過して感じたのはニューヨークは
「人生の主役を演じる舞台」
だということ。
3週間で見えるものはほんの端っこかもしれないが、いまそれが自分に見えて感じているものだから。
ただ現実、路上生活者が徘徊してたりもするしゴミを漁っている老人もいる。

主役はひとりなのか
矛盾しているようだが、路上生活者や低賃金で重労働をしている移民。
僕は仕事柄、1日に新しい人と最低3~5人は知り合う。
そんな中で決まっていつもみんなに、いつも質問することがある。
「なんでここにいるの?」
「いつきたの?」
「今後の目標は?」
当然、三者三様の回答が返ってくる。ただ、みんなに共通することがあるんだ。それは、
「チャンスを掴みにきた、未来をよくしたい」
多くのひとがここニューヨークに、希望を持ってきているのだ。

では問い、「レストランのお皿洗いが、舞台の主役なのか。」
-僕の答えはYESだ。
人生を変えるって簡単に言うけど、本物は舞台を選んで挑戦する。
それが皿洗いでも、シッターでも変わらない。
名前の知られていないミュージシャンでもいい。(職業軽視ではないのであしからず。僕の出会う人の例)
かくいう僕も、南米でフットボールで夢を叶えることはできなかった。
飯が食べれなかった。
それでも、あのタイミングで南米という舞台を選んでよかったと思うし、誇りに思うのだ。
なぜかというと、精一杯主役を演じたからだ。
僕の思う主役っていうのは、そこで泥水を啜ってでも這いつくばってでも、一歩づつ成長していく様だと思っている。
それで結果が出るものだから、外野がごちゃごちゃいう。
この文章だと明らかに、うまく行かなかっのを正当化しているだけに見えないかもだが。でもそれでもいい。
その章があったから、次回作につながるんだから。
どう物語を紡ぐか
じゃあ主人公は負けたままでいいのか。失敗して起き上がらなくていいのか。
-起き上がろうとするから、物語になる。
あいつあんなコケ方したのに起き上がりやがった!
あいつコケたままか!
どう自分が台本を書くのか、これでしかない。
今回の章では起き上がらなくてもいいとするのか、それでも立ち上がってもう一度ファイティングポーズをとるか。
君が決めることができる。

南米で一生懸命に勉強したスペイン語がここではたいへん生きている。
飲食店はヒスパニックが大多数を占めるからだ。今日アメリカンダイナーのシェフに話を聞けば、NYCの飲食店の公用語はSpanishだと。
そんなこんなで、基本的にスペイン語で仕事が回る。
これは起き上がったから描けた舞台のシーン。
ニューヨークは、それぞれがいろんな場所でファイティングポーズを取っている。
